Cazperのつれづれ日記: 大連小旅行2日目[旅順観光]

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2006年11月24日

panda01.gif 大連小旅行2日目[旅順観光]

[晴後曇]

朝7時に起きる。その後瞑想してw 8時頃シャワーを浴び、8時20分頃食事を食べに行く。

大連賓館の朝食は、お粥とあんマンみたいなやつと小菜なのだけども、個人的には不味くないと思う。(美味しくもないのだけど) その後8時50分頃に部屋に電話があったのでロビーに向かう。

23歳の女性のツアーガイドが待っていた。で、白タクっぽ黒い車に乗って一路旅順へ向かう。中山広場から中山路を東へ向かい、友好広場の丸い電飾球を見たり人民広場を見つつ、オリンピックとは関係無いオリンピック広場(奥林匹克広場:日本人から見るとトンダ当て字だなぁ)前を走っていった。

車窓からは、星海広場、東北経済大学、海事大学、経済開発区を見ることができた。その後は、寂れた農村?となり町の雰囲気が無かった。(でも、一部の農民は金持ちだとガイドは言っていたな。確かに、農村の一部は大きな家があった)

ガイドの女性は、19歳の頃日本の沼津に水産加工の研修で1年間来ていたらしい。残業が無かったので月給は7万円くらいだったとの事。(残業のある研修生は15万円とか言ってたなぁ)。日本滞在中に成人式もやれば、社長のおごりでディズニーランドと浅草とかも観光をしたらしい。(そりゃ7万円で20時過ぎまで働かされていれば、水産加工の社長さんも儲かるわなぁ) 今は、コンピュータプログラムの学校に通って将来は仕事をしたいといっていたけども...来年結婚するから将来は分からないとのこと。

ん、日本への研修が単なるアルバイトになってるなぁ...。水産加工も良いけど、中国でも活かされる職業の研修を日本でやらなければ研修制度としては駄目だろ。まぁ、水産加工の人にとっては、研修と言う目的で安い労働賃金で雇えるから良いのだけどもね。(どうせアルバイト目的の研修をさせるくらいならば、安い労働力を堂々と日本で活用できるような輸入労働の仕組みを作らないといけないよなぁ)

旅順市内(マップはここ)は、大連よりは大きなビルの無い町だった。海岸線沿いには軍艦が並んでいた。外国人は軍港近くは観光できないのが痛すぎ。

最初に向かったのは、203高地。何故203なのかといえば標高が203mだからとのこと。昔はもっと高かったらしい、けど日本軍の大砲が山を削って低くなったんだってさ~。ここには璽霊山紀念碑が立ってる。何故、璽霊山というかと言えば、二〇三の中国語の発音はアーリンサン、つまり発音が同じなので璽霊山と名づけられたみたい。

まず、駐車場で車を降りると、70才を過ぎたおじいさんのお話が無料で聞ける。(まぁ、話が終わったら絵葉書とか本を売りつけてくるのだが...無視すればOK)。この話の中で、懐かしい人名が出てきた。

それは、軍神 広瀬中佐

海軍中佐広瀬武夫といえば、私の母校「攻玉社」の先輩なのだ。旅順港閉塞作戦中に亡くなったのだ。

まぁ、軍神も凄いとは思うけど、2chの神の方がもっと凄いと思っていたりする私だけど...。

おじいさんの話を聞き終えたら、璽霊山紀念碑を見るために山を登るのだけど...これまた籠担ぎをする人々が待ち構えてた。往復100元。値段高い!! しかも、強引に籠に乗せられるし...稼ぎたいのは分かるけど頂けない。(降りたけどね...) 登る距離は短かったしね...。

ちなみに、この籠担ぎの人々も100元で人を運んでも1回10元しか自分の懐には入らないのだ。という事は、籠に載ったら当然ながらチップを要求されるんだよね...良いんだか悪いんだか。

璽霊山紀念碑のある所まで行くと、ロシア製の大砲(コピー品)が2門程港に向かって置いてあった。別の場所には日本製の更に大口径の大砲(コピー品)が1門置いてあった。更に、近くには溝が彫ってあり、それはロシア軍が戦闘した際に利用した溝との事。ガイドによると、ロシア人の身長にあわせて溝の深さも深かったのだけど、今では埋まってきてしまって大分浅くなってる模様。そんでもって、今でこそ木々で覆われてるけど、当時は裸の山だったとの事。

203高地を後にして向かったのが水師営会見所である。旅順要塞の降伏後、1905年1月5日に乃木希典とステッセルの会見が行われた場所らしい...。机は当時のままとガイドが話していた。

でだ、水師営の前にある土産物屋を見てたら...LV(ルイヴィトン)やらシャネルやらの財布が置いてあるじゃん。当然ながら店員に「これ偽物でしょ?」と言ったら「これは、スーパーコピー」とか言われた...。ここまで、堂々と偽物を売られると感心してしまう。

車中でガイドに話したら、「遠くから見れば、スーパーコピーも本物も変わらないでしょ」と言われたし。うーん...(とか書いてるけど、物が良ければコピー品でもブランド品でも個人的には買うけどねぇ~)

この時点で11時過ぎ位だったのだけど、大連に戻る前に食事をしましょうと言われ、港からちょっと離れた旅順市内の海鮮料理屋に行く。そこは水槽にウニやら鮑やら蝦蛄やら平目やらがいっぱいあって、そこから注文してその場で料理してもらう。

私は、ガイドに乗せられて??...アワビを2個、海老1個、蝦蛄1皿(食いきれない)、野菜炒め、平目の刺身?を頼んだ。

私だけ一人別部屋に入れられそうになったけど、それはそれで寂しいのでガイドと運転手も一緒に食べようと誘った...が、運転手は最後まで拒否されてしまった。ガイドの人と一緒に食べたのだけど、頼みすぎて食べきれなかった。  結局かなりの量を残しちゃった...。

ちなみに、観光客は高い料理を頼む傾向があるのに対し、ガイドや運転手は10元~15元の食事しか摂らないので観光客とは別で食べたいらしい。

痛かったのはお会計が550元(8300円程度)だった事!!!一品(蝦蛄)多かった。

その後は、一路大連市内に向かう。てっきり海星公園とかを見学するのかと思ったら...車中観光との事でがっくりきたよ...。やっぱり、ツアーはこちらも観光先を把握しないとだめだなぁ。

結局、新瑪特(NEW MART SHOPPING MALL)デパートの前で下ろしてもらった。とりあえず中を探索...やはり中国はこういう人が集まるところの活気が凄いなぁ。ってか・・・店員が明らかに多すぎなんだけどね~。

そのまま各フロアを探索しながら屋上まで出た...。一応駐車場なのだけど、流石に一台も置いてなかったなぁ。そういえば、バンクーバーの場合はアラーム付の自動車に乗っている人は屋上の駐車場によく止めていたなぁ。屋上だと警報が周りに響きやすいからねぇ~

そういや、中にはアイススケートリンクがあったので思わずやろうかと思ってしまった。90分で5元だったかなぁ。貸し靴も5元だから10元あれば90分も遊べる!!

ちなみに、NEW MARTとフロア続きで隣の大連商場にも行ける。そこを出たら、目の前にあるマイカル(Mycal邁凱楽)を探索。Espritとかで普通に服を買おうかとも思ったが...高いぞ!! 普通に3万円とかのジャケットが売ってる...これくらいの値段ならば中国で買わなくても良いやね~

マイカルを後にしたら青泥街の反対側にある百年城を探索。ここは、フロアの広さの割には賑やかさに欠けていた。これは、大連商場が商品がオープンな形で置いてあるのに対し、百年城がショップが若干内向的な作りになっているからなのだと個人的には理解した。ただ綺麗なので個人的には気に入った。

どこか忘れたけど、衣料品ショップのE-LANDで売られている服のデザインが気に入った。(ヨーロッパ系の企業かと思ってたけど、日本に帰ってから調べたら韓国の企業グループだった)

その後は、フラフラしながら大商男店に寄る...。男物専門のデパートなのだけど...人が少っ...しかも、上の階にあるレストランは一部潰れてるし...。でも、空いてるのも好きなので、カフェでレモン100%搾汁ジュースを飲んだ。

その後は、中山路を東へ移動して一度大連賓館に戻る。疲労のために頭が痛かったので、2時間位横になって寝た。

その後19時半頃に、大商男店脇の裏道を通って百年城に向かった。この裏道が、夜市のようになっていて食べ物を売っている露店が道路の両脇に並んでいた。

百年城では最上階にあるフードコートで野菜炒めの定食を食べた。そこを後にしたら、青泥街を北上して勝利広場を見つつ長江路を西へ移動。民主広場を経由して大連賓館まで戻った。

その後は疲れていたのでベッドの上でゴロゴロしつつ↓の本を読み進んだ。
はじめの一歩を踏み出そう
この本は、システムを作る必要性を説いていて非常に面白い。

投稿者 cazper : 2006年11月24日 23:59 | b_entry.gif
     

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