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2005年6月28日
理論的な正しさと感情的な正しさ
行為には大まかに、客観的に見て理論的に正しい行為と感情的に正しい行為があります。
理論的に正しい行為とは、法律的に正しい行為だったり、慣例として正しい行為等々です。冷静に考えて見ると正しい行為です。
感情的に正しい行為とは、例えば、誰かがリンチされているときに、自分の危険を顧みずに助けに行ったりするような行為です。
当前のことながら、理論的に正しい行為と感情的に正しい行為が別の場合が有ります。
そして、注意しなくてはならないのは、理論的に正しい事をしても、感情的に正しくなければ、正しくない行為になってしまうことです。
逆に、理論的に間違っていても、感情的に正しければ正しくなってしまうのです。
具体的に言えば、貴ノ花の最近の行為は理論的には正しい行為なわけです。しかし、大衆にとってみれば、相撲部屋を理論的に守ろうとする貴ノ花よりも、死に際の親の面倒を見た若ノ花の行為の方が正しいと判断するわけです。
ライブドアの堀江氏の行為だって、理論的には正しい行為なのですが、大衆の支持は得られていません。
一方で、総理大臣就任当時の小泉首相は、様々な反攻勢力が小泉首相の公約を理論的に批判する中で、大衆の感情を見方に付けて物事をおし進めていました。(今は、逆の状況になっていますが…)
感情は理論よりもエネルギーが強いのです。
本当に正しい行為に見られたいのならば、理論的にも感情的にも正しいように見せなければなりません。(これをやっていたのが、歴史上の英雄達だったのでしょう〜)
投稿者 cazper : 2005年6月28日 21:54
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コメント
>本当に正しい行為に見られたいのならば、理論的にも感情的にも正しいように
いわゆる大義、というヤツですよね。その重要性は、伝統的に下々の一般サラリーマンに至るまで日本のビジネスマンは感覚的に理解していることが多かったように思えますが、そのために経営的な正しさを顧みなくなりがちな欠点はありましたね。
でも今は、Cazperさんのご指摘通り、感情的な正しさが軽視されることの方が増えてきてしまっているような気もしますね。
投稿者 Uジロー : 2005年6月26日 00:53
昔の英雄は大義を上手に利用してましたよねぇ。
投稿者 Cazper : 2005年6月28日 23:32