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2006年2月14日
形を重んずる人と心を重んずる人
いやぁ、世の中を見ていると「形を重んずる人」と「心を重んずる人」が居るように思えるんですよね。
例えば、今日はバレンタインデーなのですが、ニュースを見ている限り女性の7割方の人は 「チョコレート受け渡しの習慣なんかなくなればいい」と思っているらしいのです。そして、義理チョコの理由は「コミュニケーションの手段」(42%)、「毎年の恒例」(40%)との事だそうです。(共同通信)
つまり、習慣が無くなれば良いと願いつつも、その大半は形式を重んじて(惰性で)チョコを配っているわけです。
「心の無い習慣ほど無意味な習慣は無い」と私は思うのです。
お歳暮・お中元・年賀状も同様です。そもそも、これらの習慣は、感謝の意や礼を表すために出来ました。物を送る行為を通して、心を送っていたのです。
しかしながら時代が進み、心を送るという行為は形骸化し、物を送る行為自体が重視されるようになってしまいました。その結果が、最初に取り上げたアンケートに現れたわけです。
こうなってくると「形を重んじる人」と「心を重んじる人」の違いが顕著になってきます。形を重んずる人は、形骸化された習慣であっても嫌々ながら続けます。一方、心を重んずる人は、形骸化した習慣を放棄するか、形骸化した習慣自体に新たな息吹を吹き込みます。
嫌々ながら形を重んじてるよりは、頭を捻って心を重んずる習慣を創出した方が良いのではないでしょうか?
P.S.
生き方の原則 邱永漢の基本法則
邱永漢氏は、頭を捻って「贈り物は、二流の時計より最高級のスリッパを送ってみては?」と書いています。
P.S.2
ちなみに、これは法律でも経済でも何にでもいえる事でしょう。例えば、法律で言うならば、法律というのは最初作られたときは意義があって作られるわけですが…時代が進んでくると法律の文面を都合の良いように解釈すれば良いという人々が表れますからね。本来あるべき姿は、都合のよいように昔の条文を解釈する事ではなく、時代に会わなくなった条文は削除して新たに創る事でしょう。
投稿者 cazper : 2006年2月14日 01:23
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