Cazperのつれづれ日記: ゼロベースで考える必要性

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2006年4月17日

panda01.gif ゼロベースで考える必要性

大抵の場合、過去の経験や知見を元にして、次の人生を歩もうと考えます。例えば、大学で経済学を学んだから銀行に勤めようとか、電気工学を学んだから家電メーカーとか・・・。

この考え方は一見すると正しいし、合理的だと感じてしまうのですが・・・そうとも言えないんですね。過去の経験や知見を持ってしまったがために非合理的な判断・行動をしてしまうこともあります。

例えば引越しを考えてみます。今まで住んでいた家で利用していた家具を新しい家に持っていくと、大概の場合は中途半端なスペースが出来たりします。そうなると、そのスペースを埋めるためにまた中途半端な家具が増えていきます。
一方・・・もし、新しい家の家具を全部新品で揃えたとしましょう。そうすると、中途半端なスペースが出来ないような家具を買い揃えていきます。一見、前の家で使っていた家具を利用した方が徳かと思いきや・・・新品の家具を購入したほうが生活が効率的になり、結果的に徳する事もありうるわけです。

つまり、何事に関しても「過去の延長線で考える」と同時に「ゼロベースで考える」必要性があると思います。


風の男白洲次郎
彼は提灯行列のさ中に絶望し、煩悶し、東京は数年にして灰燼に帰すだろうと予言していた。二千万トンの造船能力を持たねばならぬとルーズベルトが議会で獅子吼した時、日本の要路の人々は天文学的数字なりと一笑に附した。白洲は必ず米国は二千万トンの造船能力を備えるに到るだろうと確言した。米国人は現在ある造船所を全力を傾けて働かせたりはせずに、必ず二千万トンの造船計画を実現する。それはまったく新しい企業として工夫を凝らすことから始めるに違いない。彼は天文学的数字であると笑う無構想を逆に必死に警戒した。諜報機関や調査がただデスク研究で、生きている米国人そのものを知らぬといって彼は憤った。(p.100)

投稿者 cazper : 2006年4月17日 01:36 | b_entry.gif
     

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