Cazperのつれづれ日記: 上流工程こそ時間を掛けるべき

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2006年4月27日

panda01.gif 上流工程こそ時間を掛けるべき

タイトルを見ると、そんなの当たり前という声が聞こえてくるのですが・・・世の中には「手を動かすこと」が仕事をしているという定義で生きている人が未だに沢山います。(前から何度も書いているのですが…)

つまり、「うだうだ考えてる暇があるならば、目の前の事をやれ」という考え方が未だに蔓延しています。

昔であれば、まだ良かったんです。何故ならば、生産が追いつかなかったわけですから、考えてる暇があるならば、手を動かせば儲けることが出来たわけです。

でも、時代が変わってきて、生産力に余剰が生じ始めました。そうなると、生産することよりも、売れる手段を考える事の方が重要になってきたわけです。

人間の考え方というのは中々変わりません。そのため、生産が余剰しているにも関わらず、手を動かし続け、不良在庫を積みましていきました。結果は…棚卸除去損が発生しバランスシートに大きな傷がついた企業が増えました。

バランスシートが傷ついたのだから、痛手を負った人間の考えが変わったのかというと…そうでもありません。人間というのは、中々考えを変えない生き物なのですから…。

物づくりの現場において、未だに価値があると思われているのが、物を作ることだったりします。ここで言う物とは、機械的・化学的な物のような有体物の他にソフトウェアのような無体物も含まれます。

物を作るには、仕様を決めて、設計を行い、それに基づいて物を作成していくわけです。昔は如何に物を大量に作るかが重要だったのですが、現在はどういう仕様に作りこむのか、どういう設計で物を作成していくのかという上流工程こそが重要な時代になっています。

しかし、未だに物が実際に出来上がらない上流工程は早く済ませ、下流工程に時間を掛けるべきであるという考えが蔓延しています。つまり、あまり深く考えずに、物を生産しろという考えが蔓延しているわけです。

まぁ、お金をもらえるのは、物を売った時ですから・・・そういう考えになってしまうのはわからんのではないですが・・・上流工程に対して時間・お金を掛ける体制作りをしていかないと、顧客主導の時代・知の時代には生き残れない気がしますね~。

巨大市場インドのすべて
オフショアで大切なのは提案書・仕様書のレベルの完成度。米国ではその部分にとても時間をかけて練り上げます。しかも、米国はこの段階できちんと対価を支払ってくれる。しかし、日本企業は、インドは開発のみということで、提案書・仕様書・要求定義の練り上げにかけた時間には対価が無いというのが一般的。この上流部分での情報の共有がオフショア開発の成否をほぼ決めるはずなのに、そこをあいまいにしているから生産性はあがらず、コストも予想外に掛かってしまう。(p.128)

P.S.
世の中を見渡すと、資本力・知名度のある上流工程会社は一番儲かっています。そして、その分野の下請けの実働会社は利幅が薄く激務だったりします。

投稿者 cazper : 2006年4月27日 12:05 | b_entry.gif
     

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