Cazperのつれづれ日記: 結局、投資で重要なのは洞察力だと思う

« 気になる事は全て外部に記憶する | メイン | EOY JAPAN 2007キックオフイベントに参加 »

2007年4月 6日

panda01.gif 結局、投資で重要なのは洞察力だと思う

昨日衝動買いをしたのが↓の本です。
M&A時代企業価値のホントの考え方
以前出席したRTCカンファレンスの主催者の一人である保田さんの著書です。

基本的には企業価値に関しての本です。その中の一説に、株価しか見ない個人投資家と企業のファンダメンタルを評価する機関投資家の話が出てきます。

 株式投資をするときに、このように理論的な企業価値を算出し、それをもとに株主価値と株価を引き出す作業をせずに、市場でついている株価の動きや株価チャート(グラフ)のみを頼りに株式の売買を行っていると、企業価値を算出するという作業には違和感を覚えると思います。特に最近の個人投資家にはその傾向が強いようです。しかし、市場における売買金額で多数派を占める機関投資家はこの手法を基本としています。株価とはあくまでも企業価値の一部を表す一つの形でしかありません。企業経営陣がよく株価を上げたい、と言いますが、それはやはり企業価値、すなわち企業の収益性を上げるということを意味するべきです。(p.57)

では、株価しかみない個人投資家よりも企業価値を評価して株式投資を行う機関投資家の方が優れているのか?というとそうでも無い気がします。と言いますのも、次の一説を見れば明らかです。

 売上一つを予測するにも、予測しなくてはいけない項目が多岐にわたります。費用も同様に、一つの項目を予測するには、その土台としていくつもの項目を予測しないといけません。
 したがって、向こう5~10年間の収益予測を作成したとしても、それは仮説の上に仮説をいくつもたてた結果としてのものであり、どれか一つの仮説が異なれば最終的な予測結果も違ってくるのです。逆に言えば、どんなに一生懸命緻密に予測を作っても、その性質上どの予測もブレの大きいものになってしまうのです。(p.52)
つまり、幾ら機関投資家が企業価値を評価しようとしても、そこには仮説が多くなり、仮説が重なれば当然本質から遠のくからです。競馬に例えるならば、倍率だけを見て馬券を買うのが株価だけをみて株を売買する個人投資家で、馬の状態・過去の実績を評価して株を売買するのが機関投資家であると言えるでしょう。(株式売買を競馬と同じに土俵で比べるのはあまり好きでは無いですが…)

つまり、経済原理を教科書的に知っていたり、いち早く情報を入手できる地位にいる機関投資家といえども仮説に仮説を重ねて株価予測をしている以上、個人投資家よりも優れているとも言えないと思うわけです。(注:ここで言う個人投資家は株価だけみている投資家では無いです。)

今の時代では教科書的な知識は誰でも手に入るわけで、そうなってくると、投資をする上で重要なのは仮説の精度を高める洞察力かなぁと思うのですが、どうなのでしょう?


P.S.1
機関投資家が優れているのならば、小損する事はあっても大損する事は無いはずなのです。しかし、現実はヘッジファンドでいえばLTCMのように破綻するファンドもあるわけですし。粉飾状態であったり虚業状態である企業にも、手を貸す機関投資家はいるわけですし…。

P.S.2
最近、ぶっ倒れてるので、書く気力が…。今日は微妙に回復中。でも、夜遅いし、明日は朝早いし(*o*)

投稿者 cazper : 2007年4月 6日 09:06 | b_entry.gif
     

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cazoo.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/1670

コメント