Cazperのつれづれ日記: 造場

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2005年11月23日

panda01.gif 造場

商経商経
「造場」-場を造るとはどういうことなのか。胡雪岩の言わんとするのはこういうことである。例えば、自分の商売を伸ばそうとしても、地域全体の経済が疲弊していれば、どんなに知恵を絞っても、おのずから限度がある。そこで、力を合わせて地域経済の底上げをはかりながら、そのなかで自分の商売も伸ばしていく。
あるいは、よく市場規模何千億円の業界だ、などと言われるが、そんななかで何社もの企業がシェアを食い合っている。競争はむろん必要だが、同時に各社が協力して市場の拡大をはかれば、お互いがハッピーになれる。「造場」とはそういう思想にほかならない。(p.298)

デイトレーダーや無謀な金融商品を売る企業が増えているのですが、彼らの行動指針は、「自分が儲かれば、あとはどうなったって良い」なわけです。(もちろん、デイトレーダに関して言えば、価格の不連続性を連続的にする役割はあるのですが・・・そういう意義を感じている人なんていませんし)

こういう状況に対して、板倉雄一郎氏はの自身のBlogの中で、欠陥マンションについての批判の中に、「カネだけを目当てにする人・・・最近多すぎます。(中略)""その行動は、社会に対してどのような価値を提供することが出来るのか""が、最も重要な行動規範ではないでしょうか?」という意見が述べられています。

また、先日参加したセミナーのパネラーであるザインエレクトロニクス株式会社代表の飯塚氏は、会社を始める時に他の会社の代表の方から「大義を持て」と言われ、会社の利益発展だけでは無く、日本のエレクトロニクス技術を発展させる事にも力を注いでいらっしゃいます。


これらの話をゲームの理論に置き換えると、デイトレーダーや無謀な金融商品を売る人々や効きもしない健康食品を売る人は、ゼロサムゲーム若しくはマイナスゲームをしているという事になります。

ゼロサムゲームをしても、場は発展しません。ましてや、マイナスサムゲームをすれば、最終的には場が沈んでしまうわけです。場が沈んでしまえば、ゲームに参加している人々が享受できる利益の総体が減ります。つまり、パイがしぼんでしまいます。

これは、稲作を見ればわかります。幾ら困窮しているからといって、庄屋が種になるべき米までも百姓から懲収してしまえば翌年の収穫は得ることができません。また、庄屋が自分の町を発展させようとおもうならば、百姓に開墾を奨励し、百姓からの懲収量を減らして、百姓も潤わせていくことが重要になります。なぜならば、結果的に自分も潤う事になるからです。

自分の行動が場を作り、場が自分を作っていることを感じ、気づいて、逆にそれを利用して行動していく事が必要だと思います。

投稿者 cazper : 2005年11月23日 08:55 | b_entry.gif
     

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