Cazperのつれづれ日記: よりグローバルな基準を持つ

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2006年3月 8日

panda01.gif よりグローバルな基準を持つ

60分間・企業ダントツ化プロジェクト 60分間・企業ダントツ化プロジェクト
 茹で上がるカエルの話は聞いたことがあるだろう。鍋のなかにカエルを入れておく。そして、徐々にゆっくりと火をかけていくのである。すると、ある一定の温度で飛び出すかといえば、そうではない、なんと茹で上がってしまうのである。
 これが本当の話かどうかはわからないが、要するに、ぬるま湯の中にいると、幸せだから何の行動もしないまま死んでしまうのである。

殆どの人間は、幾ら自らの置かれた状況が変わってきていると言われても行動を変えません。

例えば、「インフレになってきているし、金利上昇が見えてきている」という記事が毎日のように新聞で見受けられるようになっていても、殆どの人は対策を取りません。むしろ、気付いていませんし、気付いたとしても他人事だと思っています。

何故ならば、殆どの人は、自分の周りの人を見て安心を得ているからです。しかし、その安心の基準は、自分の周りの人、自分の周りの環境だったりします。

ここで以下の文を紹介します。

 美輪さんの「人生ノート」には「人間保護色論」ってのがあって、「人間もカメレオンとかと同じ保護色の動物で、自分の周囲の雰囲気に染まるもの。だから、例えば銀行員の人なら、どんな服装をしていて「銀行員っぽ~い雰囲気が漂うものである。」みたいなことが書いてありました。(参照

つまり、自分の安心の基準なんていうのは、ローカルな相対基準でしかないのです。したがって、ローカルな基準で生きているという自覚が無いと、「ローカルの基準がグローバルな基準で見ると危険な状態」になっていても、安心して生きてしまいます…。

こうならないためにも、よりグローバルな基準を持てるように、立場の違う人に会い、良い本を読むといった行動をとるようにしていかなければならないと思います。

投稿者 cazper : 2006年3月 8日 23:59 | b_entry.gif
     

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