Cazperのつれづれ日記: 人間の価値観の基準値は出会った人で決まる

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2006年8月13日

panda01.gif 人間の価値観の基準値は出会った人で決まる

自分の価値観の基準値は、人生の中で出会う人で決まると思います。赤子の頃に最初に出会うのは、父・母です。つまり人生の初期段階の価値観の基準値は親の影響が大きく反映されます。

だから、品の良い親からは品の良い子供が育つ確率が高く、品の悪い親からは品の悪い子供が育つ確率が高くなります。極端な例ではありますが、家庭内暴力の家で育った人が親になると、家庭内暴力を振るい易いと言われていたりします。

子供が大人になってくると、学校や習い事を通して様々な基準値を持った人に出会うようになります。たまたま親しくなった友人の影響を受けたり、担任の先生の価値観から影響を受けていきます。

殆どの人にとっての価値観の基準値は、人生に於いて作られる物であって自分から作るものだとは思っていません。したがって、価値観の基準値が自分の隣人で構築される事が殆どです。

作家の吉川潮氏が次のように、ハーフパンツを穿いている人を批判しているのですが、

 偏見を承知で言うが、半ズボン野郎の顔をしみじみと見ると、どいつもこいつも仕事ができそうにない感じがしてならない。そういえば、未成年者に対する淫行で芸能界を追放された某お笑いタレントも半ズボンをはいていたっけ。
 大人が半ズボンを着用するのは家の中だけ、せいぜい近所に出かける時くらいにしておいたほうがいい。半ズボンをはいたら町内を出るな!(産経新聞20060813)
彼の価値観は、自分が育った昔の日本が基準値になっているとしか思えません。彼が出会ってきた人は昔の日本が好きな(ある種古風な)人であって、様々な国の様々な生活スタイルを持った人々ではなかったのだと思います。例え持っているとしても、既に昔の段階で価値観が固まってしまったのでしょう。(所謂、頭の固い人)


さて、価値観の基準値は出会った人で決まると書いたわけですが、この主張を逆に言えば、価値観の基準値を変えたいのならば自分の隣人を変える必要があるわけです。ある事柄に対して高い基準値を設けている人と知り合いになれば、自分の基準も高くなります。

だからこそ、自分が立派な画家になりたいならば良い絵を書く人に出会うべきだし、自分が立派な音楽家になりたいならば良い音楽を作る人と出会うべきだと思うのです。もちろん、最初から何が良いか悪いかなんてわからないですから、様々な人と出会うべきなのでしょう。

投稿者 cazper : 2006年8月13日 18:32 | b_entry.gif
     

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コメント

トラックバックありがとうございます。
人それぞれの価値観や常識のベースは微妙に違っていて、いろいろな事の遠因になっていたりしますね。
反対に、外国の映画やドラマを見ていると、日本と同じ感じ方をしているんだなと感心したりすることもあります。
いずれにしても、人が成長するには、様々な出会いや体験が必要だと思います。同感です。どうも最近の親は、子供を過保護にしすぎている様な気もします。
今後とも、よろしくお願いします。

投稿者 サラリーマンレポート : 2006年8月13日 21:05