Cazperのつれづれ日記: リベラリズム V.S. コミュニタリアン

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2006年12月18日

panda01.gif リベラリズム V.S. コミュニタリアン

梅田望夫氏・平野啓一郎氏の本を日曜日に読み終えました。その中で非常に共感を得た部分がネット時代は「リベラリズム」が主流になっていくという事。

ウェブ人間論
 平野: ちょっと思い出したんですが、70年代から80年代にかけて、リベラル=コミュニタリアン論争というのが政治哲学の世界であったんですね。これは、アメリカでいうと、民主党の支持者と共和党の支持者との考え方の違いに対応するんでしょうけど、大雑把に言えば、リベラリズムは、人間の理性や合理的に善意を判断しうる能力というものを信じていて、結果として社会には一定のルールが形成されると考えるわけで、ネット社会の秩序観は、梅田さんのお話を伺っていても、基本的にはリベラルだと思います。人間そんなにバカじゃないから、規則でギュウギュウ縛らなくっても、それなりのふるまいをするよっていう。
 他方で、コミュニタリアニズムは、人間の合理性というようなものをあまり信じていなくて、共同体の構成員であるからこそ、人間は秩序の中で生活することが出来るんだという立場を採る。それで、伝統や習慣といったものに大きな価値を置くんですね。
 日本でも、主に教育問題を巡って、右からも左からも、最近、コミュニタリアン的な見解が語られる事が多いですけど、ただ、今梅田さんが指摘された通り、彼らがよって立つ、そうした古い、閉ざされた共同体のイメージは、もう通じなくなっている気がします。(pp.67-68)
人・モノ・金の流れの変化ががゆっくりしていた時代であれば、その社会を維持する組織も変更する必要が無かったので伝統や常識で物事を推進するほうが合理的な時代でした。

しかし、インターネットの普及とグローバリズムの拡大によって人・モノ・金の流れが激しくなりました。すると、今までの伝統や常識が通用しない事が多くなってきました。こうなると有利なのは、旧来的な伝統や常識に染まっていない若者なわけで、ITを利用した分野において若い起業家が多いのは当たり前なのだと思います。

だからといって、永遠にネットの世界ではリベラリズムが適合しやすいのかというとそうでも無いように感じます。何れは、ネットの世界に適合した新たな伝統や常識が作られてきて、新たなコミュニタリアニズムが芽生えて来るんだと思います。


これから何が起こるのか 田坂広志
 これから、「ウェブ2.0革命」が、政治、経済、社会、文化の在り方を変え、資本主義の全てを変え、企業や市場や社会の姿を変えていく。その結果、そこで働き、生活する、我々の働くスタイルも、生活のスタイルも、すべて変えていくのです。
 そして、これまで我々が、仕事や生活において「常識」と思っていたことが古くなり、世の中に数々の「新たな常識」が生まれてくる。(p.29)

投稿者 cazper : 2006年12月18日 01:27 | b_entry.gif
     

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