Cazperのつれづれ日記: 欠点を自覚して補う

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2007年6月 8日

panda01.gif 欠点を自覚して補う

自分を他人と比較すると、下を見ても上を見てもきりがありません。

しかし、自分が上に行きたいと思うのならば、長所を伸ばすか、短所を無くすかしかありません。

一般的には、短所を無くすことを考えるよりも、長所を伸ばすことを考えたほうが良いと言われています。

だからといって、自分の短所について対処しなくても良いのかというとそうも言い切れません。簡単に無くす事のできる短所ならば無くした方が良いに決まっています。

ところが、人間は自分の短所を他人に指摘されたくないし、短所を指摘されたとしても誤魔化したり、逆切れしたりしてしまうのです。そして、いつまでたっても自分の短所を治さなくなって…次第に習慣化してしまいます。

愚痴の多い人なんてのが良い例です。誰も愚痴の多い人に対して、「愚痴多すぎだよね」とは指摘してくれないのです。

したがいまして、少なくとも自分の欠点は自覚するように努力して、その欠点を補うように考えたり行動したりしていかないといけないなぁと思います。

東京が駄目なら上海があるさ (邱永漢 著)
 人はその生まれによって、人生の出発点で大きな違いが生じます。俗に言う「銀の匙」をくわえて生まれてきたような人と、食うや食わずの貧乏な家に生まれた人とでは、生きていくうえでのハンディがまるで違います。
 しかし、人生の面白いところは、恵まれた環境がその人を最後の勝利者にするとは限らないことです。むしろ、不足した部分をカバーしようとして努力したり、頑張ったことが、その人を大きく成長させる原動力になっています。負けじ魂は貧乏な家に生まれた者の特権といっても間違いではありません。

(中略)

 したがって、自分の生まれをはじめから悲観してかかることはありませんが、マイナスになっていることを自覚したら、いかにしてそれをカバーするか、工夫をすることを出発点にすべきです。
 たとえば、地方の名もなき寒村に生まれたとします。そうであることを自覚したとたんに、欠点になっていることを補うにはどうしたらよいかをまず考えることです。地方にいたのでは駄目だと思ったら、都会に出ればよいし、学歴がないと駄目だと思えば、学歴をみにつけるにはどうしたらよいかを考えることです。また、自分の才能はどんなところにあるかを自覚して、それをのばすにはどうしたらいいか、行動に現して実行すればいいのです。マイナスをマイナスと思って悲観する代わりに、プラスにするにはどうしたらいいのか、いい方へ、いい方へと動くように心掛けることです。(pp.80-82)

投稿者 cazper : 2007年6月 8日 00:08 | b_entry.gif
     

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