Cazperのつれづれ日記: 国語・算数・社会・理科よりも人間の社会組織の把握が重要

« 何に努力し、何に正直か? | メイン | 経営者を見るのは重要だが…客観的データの方が重要 »

2006年10月26日

panda01.gif 国語・算数・社会・理科よりも人間の社会組織の把握が重要

学校教育では、国語・算数・理科・社会といった基礎的学力と共に役に立たないことに異議を唱えずにやり抜くことが身に付けられます。

これらの基礎学力とある種の社会性は世の中を生きていくうえでは必要だとは思うわけです。なんとなく生きていくだけならば、これらの能力だけでも生きていけると思います。しかし、どちらかというと生きているというよりも生かされているような気がしてならないわけです。

人間は生まれた瞬間から何らかの組織・社会に所属しているわけです。その社会・組織は、国語・算数・理科・社会等の基礎的学問を学んだ個々の人が集まって作られたものだったりします。それなのに多くの人は、自らが所属する社会・組織における組織的現象を自ら学ぼうとはしないわけです。

例えば、資本主義のルールというのも組織的現象の一つだったりしますが、資本主義下で生きている人の多くは資本主義について考える事はしないわけです。基礎学力を学んだ人が集まって出来た組織のルールが資本主義なのですから、基礎学力と同等なくらい組織的現象についても学ぶべきだとは思うのですが…。

物理学の未来
物質の相の中で馴染み深いのは液体、気体、固体だが、これらはいずれも組織的現象である。相はあまりに基本的で馴染み深いものなので、このことを知って驚く人は多いが、確かにそれは真実だ。氷を信用するというのは、金を購入することよりも、保険会社の株を買うことに似ている。もし何らかの理由でその会社の組織構造が崩壊したら、そこには有形資産がないため、投資した金は消えてしまう。同様に、原子が格子状に整理した結晶性固体の組織構造が崩れたら、そこには物質的な後ろ盾がないので、剛性は消えてしまう。どちらの場合にも、我々が重視するのはその規則性である。自分の生活を組織体に委ねていると考えたがる人などはほとんどいないだろうが、実は我々は毎日そうしている。例えば、純粋に組織的現象である経済学ももしなかったら、文明は崩壊し、我々はみな飢えてしまうことになるだろう。(pp.59-60)

相と相転移の存在は、自然をもっぱらニュートン流の時計仕掛けとして考える習慣が現実に適っているのかどうかを、真面目に検証する機会を与えてくれる。ミネソタ州の湖に浮かぶ氷や、上空で都市のほどの大きさに広がる雲は、組織が法則を作るのであってその逆ではないことを物語る、単純かつ具体的な証拠だ。問題なのは、基本的な法則が間違っていることではなく、それが不適切なものとなる、すなわち組織化の原理によって力を失うことである。人間の社会組織と同様に創発の法則も、組織が小さいうちは当てにならず、ときには見出すことも難しいが、組織が大きくなるにつれて信頼できるものになっていき、最終的には完全に真となる。安心して国際を買ったり、リスク無しに水野上にトラックを乗り入れたり出来るのは、このためなのだ。(p.72)

投稿者 cazper : 2006年10月26日 20:53 | b_entry.gif
     

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cazoo.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/1206

コメント