Cazperのつれづれ日記: 師弟関係で結ばれるチームが必要

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2007年3月 5日

panda01.gif 師弟関係で結ばれるチームが必要

新潟まで出張していたので、新幹線の中で某氏に渡された「下流志向」なる本を読んでいました。
下流志向

最近、私が書いた事と大分被さるというか…私と同じような事を考えている人が居るようですね。例えば、ちょっと前に「目指すべきは教師たる存在」と書いた事があったのですが、ビジネスカフェジャパンの平川克己氏が次のように語っていました。

ビジネスでいい仕事をしたケースには師弟関係が確かに多く見られるんです。優れたリーダーがいて、そのリーダーを皆が尊敬して、求心力が生まれる。尊敬される師がいて、そこへみんなが集まって一つのチームになるというのが、日本的組織としてはたしかにいちばん効率が高い。先ほど、個性と自我についてのお話がありましたが、私も自我を殺すことの不快と共同ですることの喜びを比べれば、共同で行動することの喜びが大きいと思います。日本的な経営には今の学校教育、師弟関係についてのお話と会い通じる物が多くあると思いました。(p.185)
戦後の小さな企業が大きくなる段階では、多くの人が生きるのに必死で「年齢=経験の差」となっていたため、若い人が年上の人を立てて動く事は合理的だったのだと思います。

しかし、年功序列という制度が固定化し始めると、「年齢が高い=偉い」と思い込む人が多くなってきたんですね。年々何かを学び続けている人ならば年功序列制度があろうと無かろうと若い世代にとって目指すべき存在となるのかもしれません。しかし、どうも世の中を見ていると「年齢が高い=無能」という事が多くなってきたような気がします。というのも、世の中の変化が激しくなったために昔のスキルは通用しなくなり、情報という面でも若者の方が多く保有する事の方が多くなったからです。

「それじゃ、年齢が高い人の存在価値は何か?」といえば、時代が変わっても変わることの無い思想・考え方・魅力を身に付けて若い人々を良き方向に導く事だと思います。(とはいえ、世間一般ではこんな人ってそんな多く見かけないですが…)

 ちょっと技量があがってくると、もうこの先生に教わることはないと思って勝手に独立して流派を名乗るようになるからです。でも、それは当たり前のことで、人間というのは年を取ると体力が衰えますから、スピードやパワーで弟子の方が上になることは珍しくない。
 ところが、きちんと武道をやっている人の場合には、そういうことが起こらない。師は絶対なのです。例えば、私が技術上のことで質問しても、師は「これこれこうだ、と私は思う」とは言わない。そうではなくて、「私は師からこう聞いた」としか言わない。私見を述べない。師は断言しない人なのです。(pp.185-186)

投稿者 cazper : 2007年3月 5日 23:47 | b_entry.gif
     

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