Cazperのつれづれ日記: 対等なパートナーといえども平等にはならない

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2007年3月 6日

panda01.gif 対等なパートナーといえども平等にはならない

対等な合併、対等な夫婦、対等な同盟等々…対等な関係は多々あるのですが本当に対等な関係ってあるのでしょうか?

対等と謳っている以上は表面上は対等なのだと思います。でも、対等であるという事は逆に優柔不断になりやすいと感じてしまうわけです。

例えば、旅行計画を立てている対等な関係の夫婦がいるとします。夫は北海道旅行に行きたいと考え、妻は沖縄でダイビングしたいと考えています。この場合、本当に対等であるならば何も決まりません。でも、実際には、沖縄旅行か北海道旅行のどちらかに決まってしまいます。その場合、どちらかの主張が強いわけです。(じゃんけんで決まる事もあるかもしれませんが…)

こっくりさんでも同様の現象が起きます。こっくりさんをやるプレーヤーは対等な関係に見えて、実は誰かが動かしているわけです。(その誰かが霊によって操られている可能性は否定しませんが…)

対等な関係を結んだり、対等な関係を分析する場合には真の支配者が誰であるかを見抜く事が大切ですね。


グローバル企業の成功戦略

ネットワークは企業間の平等をもたらすか?
 生産が細分化した結果、発注企業がいちばん上にいて、いちばん下に供給業者がいるというヒエラルキーは、相互依存という関係にとって代わられた。どの企業に主導権があるかは、ビジネスサイクルの局面に応じて、もしくは製品構成の変化によってしばしば変わるようだ。半導体チップの需要が高いときはファウンドリの天下で、顧客は苦労して、生産計画の割当をもらわなくてはいけない。ファッションの神がレースに微笑むときは、コードリーのレースメーカーが支配権を持つ。しかし状況が変われば、ほかの業者にもチャンスがめぐってくる。持ち回りのように変化する力関係からは、ヒエラルキーに代わるネットワークとして世界という展望が開かれる。企業間の平等やパートナーシップに、新しい形が生まれている。
 しかし、パ-トナー企業同士は本当に平等だろうか? 実際には、ネットワークの中のある企業がネットワークの中の他の企業より、強い立場にたつという関係が頻繁に見られる。強い立場にある企業は、他の企業に指示を出す権利を持っていないにもかかわらず、生産工程の分割や統合を決めたり、ネットワークの中のどの企業がどの業務を担うかを決めたりできる。生産プロセスの再編成をどうするか、誰がいつ何を作るかを決められるのは、一部の企業であって、すべての企業ではない。核となる企業がシステムデザイナーとしての役割を果たす。ネットワーク経済に関する著作のあるスタンフォード大学の青木昌彦の言葉を借りれば、"舵取り"役の企業がいる。(p.232)

投稿者 cazper : 2007年3月 6日 06:22 | b_entry.gif
     

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