Cazperのつれづれ日記: 金が不要だということはない

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2007年5月29日

panda01.gif 金が不要だということはない

最近「ファイナンシャル・インテリジェンスは最低限持つべき知識」のエントリーに続き、また、お金の話。

良くアカデミアの方とお話をしていると、「お金は持ったってしょうがない、それよりも自分自身が資本である」という主旨のコメントを頂くことがあります。

しかし、そのように言う方に限って何気にお金を持っているんですね♪ まるで、東大生が「東大生って大したこと無いですよ」と言っているようなものです。学歴が無いよりあった方が良いのと同じで、お金だって無いよりあった方が良いに決まっています。

ここで注意しなければいけないのが、学歴にしろお金にしろ、あくまでも「あった方が良い」という事です。決して、学歴が不要という考え方が正しいとは思えませんし、お金が不要という考え方が正しいとは思えません。

自助論〔改訂新版〕
 金をどのように扱うか? どのようにして金を手に入れ、貯え、使うか?
 これは、われわれが人生を生き抜く知恵を持っているかどうかの最大の試金石だ。
 もちろん、金を人間生活の第一の目的だなどと考えるべきではない。だが同時に、物質的安定や社会反映の大部分が金で支えられている事実を見ると、金など取るに足りないものだとはいえないし、聖人ぶって金を軽蔑するのも正しくない。
 実際、人間のすぐれた資質のいくつかは、金の正しい使い方と密接な関係を持っている。寛容、誠実、自己犠牲などはもとより、倹約や将来への配慮というような現実的な美徳さえ、金とはきっても切れない仲にある
 その一方で、金儲けに血道をあげる人間には強欲やペテン、不正、利己心がつきものだ。また、金という天からの授かりものを乱用する連中は、浪費や不節制、明日をも知れぬ放蕩の深みにはまり込んでいく。つまり、悪徳もまた金のなせるわざなのだ。(pp.165-166)
先ほどの話に戻すと、大切なのは「学歴があった上で何をしたいのか?」という事であったり、「お金があった上でどのような事をしたいのか?」という事なのではないでしょうか。


さらに言えば、学歴を獲得する過程やお金を獲得する過程こそが大切な教育となり、大切な機会となるようです。

 人生に成功し、何不足ない生活を手に入れようと努力することは、それ自体が一つの教育である。その努力は人間の自尊心をかきたて、実務能力を引き出し、忍耐や持久力という美徳を鍛え上げる。先見性があり注意深く心をくばる人間は、すぐれた思慮分別を持っているにちがいない。現在の生活のみにこだわることなく先を読んで未来に備える人間には、浅はかな考えの持ち主は一人もいないはずだ。(p.167)

投稿者 cazper : 2007年5月29日 00:01 | b_entry.gif
     

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